卒業式で出会えた「奇跡のおじさん」

 私は、津軽のシニアブロガー、わさおである。ブロガーとは言え、最近は、俳句作りが忙しく、ブログを書いている時間が極端に少ない。

 俳号は、津軽のわさおだから、津軽わさおである。あくまでも、津軽から全国を相手に俳句作りに挑戦している。

 私は、日本人であることに誇りを持っている。同時に、青森県人であることが誇りである。

 俳人、津軽わさおが誇りとする、青森県人像は、太宰治の小説「津軽」にある。

 そうした津軽わさおにとって、実に嬉しく、感動し感謝する一文を、青森県の地元紙の東奥日報紙上に見つけた。


 その一文は、2017年(平成29年)4月10日付け東奥日報夕刊の投稿欄、「明鏡欄」に投稿されたものだ。

 投稿者は、広島県府中市の住川治子さんである。なぜ広島県の住川治子さんが青森県の東奥日報に投稿されたのか。

 以下、投稿文の全文を掲げさせていただく。


 
 3年前の冬、高校入試のため広島県から青森市を訪れた息子は、試験を終え空港行きのバス停を探すうちに道に迷い、吹雪の中で困り果てていました。雪国を甘く見ていたようです。傘もなく服はずぶぬれ、凍りそうなスニーカー。右も左も分からず飛行機の時間も気になっていたと思います。その時、郵便職員の方が声を掛けてくださったそうです。事情を伝えると、車でバス停まで送ってくださり、別れ際に千円札を握らせてくれました。

◇その方のお名前を知らないので、わが家では「奇跡のおじさん」と呼び、折に触れては思い出し感謝の気持ちを抱いていました。時は流れ今年、息子は青森山田高サッカー部の一員として全国高校サッカー選手権で優勝を果たしました。青森は大変盛り上がったと聞きます。「奇跡のおじさん」もテレビで見ていてくれたらいいねーと夫婦で話していました。卒業式で青森に行く際、ぜひお礼を言いたいと願ったのですが、名前さえ分かりません。

◇ところが卒業式当日、奇跡が起きました。息子が退場してすぐ「住川君!」と呼び止められ、お祝いの封筒を渡されたのです。まさに「奇跡のおじさん」でした。立ち去ろうとするのを追いかけ、私たち夫婦も3年前の感謝を伝えることができ、息子と写真に納まってもらいました。Nさんと言うその方は、プレーする息子をテレビで見つけ「あの時の少年だ」と応援してくださっていたのです。

◇Nさんのおかげで青森が大好きになりました。人には親切にしよう、特に青森の人は大事にしよう、買い物に行ったら青森産を買おうーと離れていても心は近かったのです。3年間息子を育み励ましてくださった青森に感謝しています。(広島県府中市・住川治子)




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