吉田沙保里選手と「八戸魂」

 3月15日、16日に東京・板橋区の小豆沢体育館で行われた女子レスリングの国別対抗団体戦のワールドカップ(W杯)において、日本は、決勝でロシアに8-0の完勝を収め、2年ぶり7度目の優勝を果たした。

 日本チームの要である吉田沙保里選手は、精神的かつ身体的にも極めて厳しい状況下で、出場試合のすべてに完勝し、日本の優勝に大きく貢献した。

 吉田選手の父の栄勝(えいかつ)さんは、日本チームのコーチ陣の一員であり、3月11日、W杯が行われる東京への移動途上で、くも膜下出血で急逝した。

 それ以降、吉田選手は、お父さんに付き添い、ろくに眠ることもできないまま、青ざめて焦燥しきった状態が続いた。そんな厳しい状況下で、通夜、葬儀と続き、休む間もなく、東京へ向けて移動し、W杯に出場した。

 3月13日、三重県津市で行われた通夜会場で取材に応じ、吉田選手は、涙ながらに語り、W杯への出場を明言していた。

 「お父さんのためにも絶対出て、優勝するように頑張りたい」

 「お父さんはレスリング一本で、何でもレスリングを優先してきた人。ナショナルチームのコーチになっていたので、一緒に戦ってくれると思う。(W杯に)出て日本が優勝することでお父さんは喜ぶと思う」

 吉田選手は、栄勝さんについて、「レスリング一本の人。父の言う通りに進んだことが(五輪3連覇などの)成功につながった」と振り返っている。

 
 吉田選手の父の吉田栄勝さんは、青森県八戸市出身である。八戸市立湊中学校から八戸電波工高(現・八戸工大一高)に進学した。同高校在籍中は、レスリングで何度も全国制覇し、海外遠征にも派遣されるなど、活躍した。
 

 栄勝さんの現役時代の主な戦績は、いずれも、1973年、21歳の時に、全日本レスリング選手権で優勝し、レスリング世界選手権では4位となり、アジアレスリング選手権で銀メダルに輝いている。

 栄勝さんのレスリングスタイルは、強靭な足腰を武器としてディフェンスを固めたうえで、カウンターで相手の隙を突いてポイントを挙げるやり方である。彼は、「返し技の吉田」と呼ばれた。

 そのやり方で、1976年のモントリオールオリンピックの代表を目指したものの、あと一歩のところで、オリンピック代表選考会で敗れた。相手のタックルに屈したのだ。翌1977年、25歳の時に、現役を引退している。

 高校時代から10年間をかけたレスリング選手としての実体験の結果、栄勝さんは、レスリングは、ディフェンス重視ではなく、攻撃型でないと勝てないことを悟った。栄勝さんの全レスリング人生での結論である。


 吉田沙保里選手は、三重県の自宅で子どもたち相手のレスリング道場を開いていた父の指導に基づき、3歳の時からレスリングを始めた。

 栄勝さんは、吉田選手に、小さい頃から、徹底的に必殺の高速タックルを教え込んだ。現役時代、ディフェンス重視で「返し技の吉田」と呼ばれた栄勝さんは、逆に、どういうタックルをされれば負けるか、を会得していたのだ。

 
 吉田沙保里選手は、2012年8月にロンドンオリンピックで五輪3連覇の偉業を達成し、同年11月に国民栄誉賞を受賞した。

 その直後、2012年12月、栄勝さんは、吉田選手を連れ、自身の母校・八戸市立湊中学校に凱旋報告に行った。そこで全校生徒からの万雷の拍手を浴びた。奥さんの幸代(ゆきよ)さんも一緒だった。

 湊中学校への凱旋報告は、栄勝さんが「お世話になった湊地区にお礼したい」と申し出て報告会が開かれたものである。栄勝さんは、ご自身のすべての原点である生まれ故郷・八戸市に、そして湊地区にお礼したかったのだ。


 栄勝さんは、三重県に根を下ろし、吉田沙保里選手をはじめ、女子レスリングの名選手を育てた。48キロ級世界女王の登坂絵莉選手や69キロ級の土性沙羅選手は、栄勝さんの教え子だ。

 栄勝さんが三重県で選手たちに教え込んだのは、タックルなどのレスリング技術だけではない。彼が意識せずとも教え込んだのは、「八戸魂」である。彼は、「八戸魂」という表現は使わなかったが、彼が八戸弁で教えた闘魂がすなわち「八戸魂」である。

 6月から8月までの頃、北海道、東北、関東などで吹く北東の風のことを山背(やませ)という。やませの発生源は、オホーツク海気団であり、海上と沿岸付近、海に面した平野に濃霧を発生させる。やませが長く吹くと冷害の原因となるほどだ。

 青森県でやませの影響を強く受けるのは、県東部に位置する南部地方であり、八戸市がその中心都市である。

 やませの影響を強く受ける結果、どちらかというと、米作よりは畑作が中心となる。ゆえに、古来、南部地方の人々は、相対的に、みんなが助け合いながら生活する色彩が色濃かった。また、やませに立ち向かう生活により、南部衆・八戸衆は、我慢強く、辛抱強く、粘り強い。

 こういうことを背景として、八戸市では、「冬でもできる屋内スポーツ」としてレスリングが盛んであり、子どもたちも対象とするレスリング教室が伝統を誇っている。ちびっ子からのレスリング選手は、我慢強く、辛抱強く、粘り強く、頑張る。そして、先輩の後輩に対する面倒見が非常にいい。これらが「八戸魂」である。

 栄勝さんは、三重県で選手たちにタックルなどのレスリング技術とともに、「八戸魂」を教え込んだ。その結果、人類史上最強の女子レスリング選手・吉田沙保里選手、登坂絵莉選手や土性沙羅選手というトップ選手が育った。

 栄勝さんは、すべての原点である生まれ故郷・八戸市のことを思い、「八戸魂」とともに八戸のレスリングを思いつつ、三重県でレスリング指導に全力を傾けた。

 一方、「八戸魂」の本山では、レスリング指導者たちが、三重県でレスリング指導に全力を傾ける栄勝さんのことを思い、三重県での成果に負けまいと思いつつ、レスリング指導に全力を傾けた。

 現に、「八戸魂」の本山は、吉田沙保里選手と並び五輪3連覇の伊調馨選手、その姉で五輪2大会連続銀メダルの伊調千春選手、ロンドン五輪金メダルの小原日登美選手という名選手を輩出している。

 「八戸魂」を基にする八戸市と三重県における切磋球磨が今日における日本女子レスリングの栄光をもたらしている。

 その日本女子レスリングの栄光が日本国民に元気を与えるところは極めて大である。

 それに大きく貢献する「八戸魂」と吉田栄勝さんをはじめとする関係の皆様の功績に、改めて、敬意を表するとともに、感謝を申し上げる次第である。 

 

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