サッカー日本代表・「リオでも輝け、青森衆!!」

 リオデジャネイロ五輪のサッカーのアジア最終予選。2016年1月26日の準決勝、対イラク戦。日本は、2-1で宿敵を下し、6大会連続10度目の五輪出場を決めた。

 1-1のまま延長に突入する間際、後半のロスタイムにこぼれ球に反応した原川力選手が豪快なミドルシュートをぶち込んだ。サッカー日本代表の試合でも、滅多にないほどの勝ち切り方だ。見事の三重丸である。

 それにしても、日の丸を背負って戦う日本代表の若者たちは、計り知れないプレッシャー中、よくぞ準決勝を勝ち切り、リオ五輪出場を決めてくれたものである。心より祝福するとともに、敬意を表するものである。


 日本代表の中に青森県関係者、言わば青森衆が3人もいる。

 青森県という同じ郷土で生まれ、あるいは育った人間が世界の檜舞台で戦う。しかも、日本中の期待を一身に背負って戦う。それは、青森衆として晴れがましい。そして、彼らは、ものの見事に大きな仕事をやり遂げてくれた。

 手倉森誠監督は、青森県三戸(さんのへ)郡五戸(ごのへ)町出身で、県立五戸(ごのへ)高校で全国高校サッカー選手権大会のベスト8に輝いている。

 GK櫛引政敏選手は、青森市出身で、青森山田高校で、サッカーの才能を開花させた。

 DF室屋成選手は、大阪府泉南郡熊取町出身だが、高校は青森山田高校で、サッカーの才能磨いた。


 準決勝の対イラク戦の勝利が確定したのは、1月27日の0時25分頃だ。同日の青森県の地元紙、東奥日報の夕刊は、青森衆3人の大活躍関連の記事を大きく載せている。以下、その記事を参照させていただく。

 五戸町に住む手倉森誠監督の兄均さんは、監督の五戸高校時代のサッカー部チームメイトら8人らとともにテレビ観戦。均さんは、「相当なプレッシャーがあったはず。大一番に勝てたことで、選手とともに、弟もかなり成長したのではないか」と目を細めた。勝利の瞬間、両手を上げて喜ぶ均さんの顔は、まだ緊張しているようで、同時に安堵感が見られる。

 GK櫛引政敏選手のご両親は、青森市の自宅でテレビ観戦。勝利の瞬間、万歳や拍手をして喜ぶご両親。感極まった中にも、こちらも緊張いまだ冷めやらずの様子である。力が入って、さぞ疲れたことだろう。

 夕刊は、GK櫛引政敏選手の言葉を載せる。「一つ成し遂げることができた。よかった」「全員が冷静にプレーしていた」「全体で組織的に守れた。耐え抜いた」

 DF室屋成選手については、「初めて泣いた」の見出しで、彼の言葉を載せる。「初めて試合に勝って泣いてしまった。それくらいうれしかった。やっと目標に到達できた」

 今回の準決勝、対イラク戦での勝利に、日本中が歓喜に包まれた。我が青森県民も、歓喜に沸いた。これほどの歓喜、感動を与えるサッカーの試合、スポーツって、素晴らしい。

 日の丸を背負って戦う日本代表の若者たち。彼らが苦労の末に、努力、頑張りの末に勝ち取ったリオ五輪出場。今新たに、すべてはここから始まる。

 リオでも輝け、サッカーU-23(23歳以下)代表!! そして、リオでも輝け、青森衆!!


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